ボールSAWセンサの基盤技術確立

【概要】
未来科学技術共同研究センター山中一司教授(未来材料評価学創製研究分野)らのグループは、同グループが発見した球の表面波の自然なコリメートビームに基づいて、世界最高速のワイドレンジ水素ガスセンサの試作に成功した。今後は、今回開発した評価装置とセンサモジュールを協力機関に提供し、燃料電池、環境、バイオなど多様な分野のセンサ市場へ進出する。

【背景】
小型で応答の速い水素ガスセンサは、燃料電池の制御や安全運転に不可欠であり、これまで様々な方式のものが開発された。なかでも電界効果トランジスタ方式は、濃度10ppmの低濃度でも検出できる高感度と、2秒で応答する高速性を有するが、濃度1%程度で飽和してしまうため、爆発限界である4%への接近を予知できない。これに対して、高周波パルスで励起された表面波(surface acoustic wave = SAW)がガス分子を吸収して弾性特性が変化した感応膜を通る際、振幅や位相が変化する性質を利用する表面波センサ(図1)は、爆発限界の4%前後で水素濃度を識別できるワイドレンジセンサだが、十分な感度が得られず、感度を向上するため感応膜を厚くする必要があった。この結果、応答時間は100秒以上かかっている。
本グループは、球の表面波ある条件で送信すると、球の大円に沿った有限幅の円環状領域の中を伝わり、減衰せずに非常に多数回周回する自然なコリメートビーム(【用語説明】参照)を形成することを発見し、この円環状領域の表面波の音速・減衰の変化を検出することを特徴とするボールSAWセンサ(図2)を考案した。表面波が球を周回する回数に比例して、上記変化が増幅されるため、非常に高感度であることが特長。凸版印刷(株)、(株)山武、米ボールセミコンダクタ社と共同で開発した水素ガスセンサにおいて、濃度10ppmから100%まで測れることを示した。これは世界初の水素ガスセンサで、表面波が1回しか通らない従来の表面波センサ(図1)より100倍も高感度である(米電気電子工学会紀要IEEE Trans. UFFCに論文掲載予定)。しかし応答時間の測定値は20秒程度であり、高速化の追求が課題であった。

【研究成果】
今回の研究では、ボールSAWセンサの高速性を実証する目的で、素子製造プロセスの高精度化による信号強度の増大、水素を吸蔵する感応膜の組成安定性の向上、高速にガスを加温できる計測系の開発、信号処理時間の短縮などを行った結果、室温で4秒、130℃で2秒という短い応答時間を持つことを実証できた。これは従来の表面波センサの応答時間と比較すると50分の1であり、全方式のなかでも最速のレベルである。これによって、低濃度も検出でき、高濃度でも飽和せず、応答も速い水素ガスセンサが初めて実現できた。この高速性の原因は、従来の表面波センサより高感度であるため、感応膜を著しく薄くできることであり、自然なコリメートビームを多重周回させるボールSAWセンサの原理の有用性が実証されたといえる。(2006.3応用物理学会発表予定)。今後まだ高速化は可能と考えており引き続け開発を進める予定である。
本センサは通常の表面波センサと動作原理が異なるため、回路や評価装置にも独自の構成が必要だが、東北大学と凸版印刷は、これまで開発してきた信号検出法をFPGA(field programmable gate array)を用いた小型回路に実装して、一般のセンサメーカーや研究機関が容易に使用できるボールSAW素子評価装置を開発した。
山武は、この成果に基づいて、燃料電池車などに水素を供給する水素ステーション向けの水素ガス漏れ検知機能付きの流量調節弁に、ボールSAW水素ガスセンサを組み込み、ワイドレンジで高速応答の水素センサとして実用化を目指す。
また凸版印刷は、今回開発した評価装置と直径3mmのセンサモジュールを、各種センサに関する固有のニーズ・シーズを有する国内外企業や研究機関に提供し、東北大と連携して環境、バイオなど多様な分野のセンサ開発へ戦略的展開をはかる。
本研究は、平成16年度に採択された科学技術振興調整費プロジェクト「ボールSAW水素ガスセンサの開発」において、東北大学、凸版印刷(株)、(株)山武が米ボールセミコンダクタ社の協力も得て推進している。

図1従来の表面波センサ

図1従来の表面波センサ

図2ボールSAWセンサ

図2ボールSAWセンサ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【用語説明】
自然なコリメートビーム
一定の幅の領域を伝わるビームは光や音を用いる装置で有用なため、これまでレンズなどの素子や屈折率分布を持つ媒質により、形成して用いられてきた。これに対し、本グループの発見した、球の大円に沿った有限幅の円環状領域の中を自然に平行に伝わるビームは、レンズや屈折率分布を持つ媒質を必要としないという意味で、「自然な」コリメートビームと呼ぶことができる。コリメートビームを形成する条件も本グループにより見出されており、ビームの幅が球の直径と表面波の波長の幾何平均(積の平方根)に近いことである。最近の研究により、自然なコリメートビームは水晶のような異方性のある結晶の球でも形成されることがわかり、フランスの研究グループもこれを主題とした論文を発表するなど、波動を扱う物理学・材料学における普遍的かつ基本的な発見であることがわかってきた。

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