原子レベルで物質・材料を理解出来る様になってから半世紀も経ちました。実験的に原子像が得られ、理論・シミュレーションによって特性が算定されています。しかし、その動的変化はナノ秒より短時間で生起する現象で、実験的に直接観測することは困難です。それを可視化する方策として分子動力学が多用される様になりました。特に最近は、スーパーコンピュータの進展により多数の原子に対する第一原理分子動力学が適用されています。ところが、そこで使われる第一原理計算は密度汎関数理論(※1)に基づくもので、基底状態のみを正しく扱える理論のため、電子励起を伴う触媒反応などの化学反応は原理的に扱えず、単に分子同士の衝突過程を見ていることになっています。
川添良幸NICHeシニアリサーチフェローは、NIMSの佐原亮二研究員、横浜国立大学の大野かおる名誉教授らとともに、この重大な欠点を抜本的に改善できる、電子励起状態を正しく取り扱える第一原理分子動力学法を開発しました。最初の例題として、水素の大量発生用に期待されているメタン分子からの水素原子放出の時間発展シミュレーションに成功しました。
本法は、広い分野での様々な電子状態変化が関与する現象解明に応用できるもので,現在検討範囲を拡大して実証中です。
本研究は、5月8日にThe Journal of Chemical Physicsに掲載されました。
詳しくはこちらをご覧ください。
※1.密度汎関数理論
電子密度による変分を基本とする電子多体系の解法。従来の波動関数による変分に比べ、計算量を桁違いに少なく出来るために、現在物質・材料系の理論・シミュレーション計算で広く活用されています。しかし、計算量を減らすために電子基底状態のみを扱うことを条件としているため、電子励起状態を扱うためには現象論的パラメータが必要となり、真の第一原理計算とはなり得ません。